爆笑オンエアバトル

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爆笑オンアエバトル(ばくしょうオンエアバトル)とは、1999年から2010年にかけてNHKで放送されたお笑い番組である。キャッチフレーズは「史上最もシビアなお笑い番組」。その名にまったく偽りはなかった。

目次

[編集] 概要

1999年、ちょうどノストラダムスが人類滅亡を予言した年に始まったこの番組は、毎週2~3人一組で10組の才能のある挑戦者から5組のいけにえを選択することを目的としていた。一般に「オフエア」と言われるこのいけにえの称号は、多くの若手お笑い芸人に取っての最後通牒・降伏勧告に当たり、実際にこの番組を卒業していった(出てこなくなった)芸人の多くは芸人を辞めていくことになる。しかし、中には何度跳ね返されても、30代半ばを超えても出演し続けるツワモノもいるにはいる。そして、番組が終了してもなお次の番組にまで持ち越す連中さえいる。

2009年には毎月1回放送、15組の才能のある挑戦者から7組のいけにえを選択するスタイルに変更された。このスタイルがどれぐらい不評であったかは定かではないけれど、結局はわずか1年で終わっている。そして2010年3月には当初の目的である若手芸人の底上げが一段落したことにより、番組は一旦終了した。ただし、後継番組としてオンエアバトルと同じように若手に可能性を与える場となる「オンバト+」(内容も再度10組中5組がいけにえの状態へ戻している)、およびオンエアバトルで育った芸人を再度地獄へ突き落とすための「笑・神・降・臨」という番組を立ち上げることになるものの、先にお笑いの業界の方が地獄に落ちてしまい、2013年3月に「笑・神・降・臨」は一旦休止する。なお、その原因としてはさまざまな要素が考えられるものの、最悪のスキャンダルを起こしたアホ1号アホ2号が過去に出演した結果、ホームページにおいて過去の出演者に名を連ねさせてはいけないという妥当な判断によるものである。

本当に、妥当な判断である。

[編集] 内容

この番組は、一般的にお笑い番組の中のであると言われている。毎週5組の尊いを捧げ続けているのでその表記も当然かと思われるが、しかし実際は笑いの鬼たちが闊歩するお笑い地獄の方が正しい表記である。その入り口は誰も知ることのない挑戦者たちの屍で埋め尽くされている。深奥にはこの地獄でいけにえにされることを免れて逞しく生き抜いた化け物たちがたむろしており、ゴールドやプラチナなどの人外は番組への出演を禁じられることもあるが、そんな奴は100人(約50組)に1つあるかないかである。なお、地獄の一番深い所に潜む大悪魔・立川談志もこの番組を絶賛し、「今の番組にこれほど若手にチャンスを与える物はない」と言い切っている。要は、「お笑い地獄にもっといけにえを」ということである。

会場には主にNHKにあるみんなの広場ふれあいホールという、実際に行われていることとは真逆の名前の施設で行われ、年に数回、地方でもロケを行っている。場内には芸人をいかようにもいじるために生まれた100人のシンサインという名の閻魔大王にも匹敵する魔物が陣取り、それぞれ色分けされた10個の玉を使って芸人たちの命運を左右している。収録会場でのみ味わえる番組の裏名物、主に100キロバトラーといわれるレベルの挑戦者たちにシンサインが玉をまったく与えない様子は、目には見えることはないが本当にいけにえに選ばれた者たちのプライドと心と人生をズタズタに切り刻んでいる。そのため、多くの視聴者には玉を与える場面しか放送しない。これにはR18指定を避ける意味合いが強い。ただし、一時期には100キロバトルだろうが200キロバトルだろうが関係なく全てのネタを別の番組[1]で放送していたこともあり、全国に一生のをぶちまけようとするNHK狂気に多くの挑戦者たちが戦慄した。

[編集] 改変

2009年4月より、世界的な不況の流れによる番組制作費の削減および、不況の影響によるお笑いブームの終焉を見越して、オンエアバトルも番組内容を一新することになる。具体的には、毎週1回30分の放送を毎月1回、1時間の放送に削減し、出場者も10組から15組に変更するという、長年の視聴者を号泣させる相当な暴挙が行われることになった。

本当は度重なる放送枠移動や裏番組(テレ朝のドラマとか)に勝てなくて視聴率が下がっていたのも原因だが全て不況が悪い

併せて、今まで未出場もしくはオンエア経験なしの若手のみを対象にした新番組「爆笑トライアウト」を同じく月1回放映で新たに立ち上げ、全てのネタをオンエア&全国の視聴者からの投票も交えて上位3組をオンバトに出場させるという、今までにあり得なかったけれど、よく考えると普通のお笑い番組では当たり前の方式を採用することになった。併せて、再び100~200キロバトルレベルのネタを本格的に全国にぶちまけるという、笑いのレベルの維持を考えると絶対にやってはいけない放送を行うことになった。

爆笑オンエアバトルでは挑戦者が10組から15組に増えたことによって、新しく4色のゴルフボールと1つの玉を追加することになった。ちなみに、クリーム色、水色、黄緑色、灰色(ちなみに2004度に茶色に交代して消えた後復活した色である)の4色のゴルフボールと、金玉の事である。

なお、2009年4月における新ルール最初の放送で見事1位を獲得し、チャンピオン大会へ出場することになったU字工事は、その後の11ヶ月間、番組から締め出されるという、どうしようもない状況に陥った。これは中堅どころの芸人にとっては苦笑いですむ話だが、もし、若手がこのような地獄に陥ったとしたら、哀れを通り越してNHK不信になってもおかしくはないルールである。

つまり、分かりやすく言うと、ジョージ・W・ブッシュを起因とする世界的な不況は、日本のお笑い界に激震を起こした、ということである。

[編集] 改変内容

当初、1時間たっぷりオンエアされる上位8組の芸を流すことを画策したNHKだったが、新装開店直後に8組だけでは尺が足らないことが判明。そのため、「オンバトプレミアム」として前の月のトップ合格者の芸を流すことを画策するも、なんと、芸の引き出し数が極端に少ない、まぐれ当たりでトップに立つ連中が続出したため、再度内容を変更した結果、「番組を卒業したけど仕事にあぶれている連中」を救済するための企画を立案。卒業した連中のその後を案じていた長年のファンから大喝采を浴びる。ただし、内容は簡単な大喜利と挑戦者の中で誰が空気椅子をしているかを当てるゲームでしかない。これは、あくまでも番組の主役は本編であるという点では正しい。あくまでも刺身のツマなのである。しかし、彼らのほうが本編の連中よりも笑いのレベルが高いのは、番組的には残念なことであるが、長年のファンからするとありがたくて仕方がない。これは、料理次第で刺身よりもその付け合せのほうがおいしくなるという、たまにあるバラエティ番組の法則である。

[編集] いけにえの儀式

この番組の収録はいたいけな挑戦者たちのネタ披露の順番を決めることから始まる。挑戦者が1つのネタ(最高5分)をやるたびに、会場は暗転し静寂が訪れる。中にはタイムオーバーで暗転することもある。そうすると、人生も真っ暗になる。そして挑戦者ごとに決められた色の玉をシンサインたちが銀色に光る入れ物に落としていく。その様子を挑戦者はただただ見守るばかり。この段階で死刑通牒を突きつけられる哀れな者たちのことを、100キロバトラー、もしくは200キロバトラーと呼ぶ。ただし長い歴史の中には、200キロバトラーの中でも生き残った幸運の持ち主もいる(例:キャン×キャン、5番6番など。なおオンエアとなったキロバトルの最低記録は1999年4月にT・K・Oが記録した270キロバトル)。もちろんその内容はどうしようもなく、果たして放送してよかったのかどうか疑問が残る内容だったことは言うまでもない。だが、それがいい。その一方で400キロバトルを超えていながらいけにえに落とされてしまう不運な者もおり、2003年6月の長崎でのロケにおいてスピードワゴンが史上最高となる461キロバトルを記録しながらオフエアとなった事件は「長崎の悪夢」と称されているという。

長い歴史の中でもっとも悲惨ないけにえとして有名なのが、2000年11月に挑戦したグレートチキンパワーズである。玉が1個も入らなかったその惨状は長いオンエアバトルの歴史でも最悪の出来事として記録されており、その時のジャッジペーパーには「玉はゼロだったけどめげずにまた挑戦してください」と温かい励ましの言葉が記されていた。なお、翌年にリベンジした結果も137キロバトルだったことはあまり知られていない。また彼らは2005年に解散している。

全ての挑戦者のネタが終了した後、挑戦者たちは再度ステージに集められる。そして、儀式として最も盛り上がる計量が行われる(番組はこの時点からスタートする)。その光景はまさに筆舌に尽くしがたい。特に、当落選上の350キロバトル以上400キロバトル未満を計測した芸人に取ってはまさに今後の人生、生きるか死ぬかのスリリングな瞬間であり、運よくオンエアが決まった芸人の取るガッツポーズは隠れた番組の名物である。ただし、300キロバトル台後半の連中がそのレベルで今後も生き残れる訳がないことは番組を通じて証明された悲しい現実である。つまり、消えるか成長し続けるかの二択しか、挑戦者には残されていないのである。なおこの段階で500キロバトルを超えた挑戦者は、お笑い地獄のさらに奥へと進むことを許される。いわゆる、お笑い芸人に取って化ける瞬間である。そのわずか数組のためにいったいどれだけのいけにえが捧げられるかは推して知るべし。

全員の計量が終了した後、司会者によって今週のオフエアされる挑戦者たち(いけにえに選ばれた者たち)が紹介されない。そして銀色に光る入れ物を持ったまま、その場から一歩も動くことを許されない。その後、会場全体のシンサインたちの拍手に包まれながら、いけにえに選ばれた芸人たちは舞台の脇から去っていく。舞台袖にある扉の向こうにある階段は、いわゆる死刑囚に取っての13階段に相当する。実際数えてみると本当に13階段のような気がしなくもないが、目の錯覚だろう、きっと。その際のBGMは年度によっていろいろと用意されているが、やはり伝説といえるのがタオルズの「君に幸あれ」である。

♪がんーばーれー負けーるなー…」(涙)。本当に無責任だけれど、いいエールである。

その後はいけにえたちの(反省会ともいう)コメントが、シンサインの書いたジャッジペーパーのうちごくごく優しい内容の物とともに日本全国に放送される。また放送されなかった分のジャッジペーパーも全て挑戦者に手渡される。なお、なぜ”ジャッジ”ペーパーかというと、ほとんどがいけにえたちに取っての死刑判決文に相当するからである。このいけにえたちのコメントは基本的にボケ・ウケ狙い禁止で「真面目に反省してください」という物であり、連敗が重なると言える事がなくなって「次は頑張ります」ぐらいしか言えなくなってしまう者もいるという。「ボケられない」というのは芸人に取っては地獄で、そんな姿を全国に流されるのはまさに晒し者であり、傷口に塩を塗り込むような物である。また撮る場所はスタッフが決めているそうだが、薄暗い倉庫の中・真っ暗な帰りの道中・和式便所の個室・廊下のビチョビチョのモップの横など「ここでやるんですか?」的な所が多く、スタッフの方からことさら重い雰囲気を創り出すとの事。そうした哀愁漂いまくる雰囲気はオンエアを勝ち取った者たちの歓喜の光景と好対照を成しており、番組の隠れた名物になっている。

そして、お笑い地獄に生気を吸い取られた彼らはトボトボと去っていく。

このいけにえの儀式は半ば伝説化しており、あるときは1年の終わり、全国民の半分が注視する中で行われたこともある(もっとも、この場合はお笑いではなく歌合戦の敗者を決めるために行われた)。

[編集] オンエアされる上位5組の発表です!

運よくいけにえにされることを免れたとしても、果たしてそのネタが面白いかどうかは微妙であることも多い。450キロバトルを超えると確実に笑えると見ていいが、300台後半から400台前半にかけては当たり外れも大きい。ただし、場合によっては300キロバトルのネタで一番笑えるということもあり得る。これは、笑いのツボが各人ごとに異なるためである。また、地方でのロケではシンサインたちが大甘になることも多く、500キロバトルが量産される傾向がある。実際、会場の雰囲気もよく、地名ネタやご当地ネタを入れるだけで玉は多く入り、挑戦者たちもノリノリで演じることができるため、すなわち、地方でダダ滑りしたらいろんな意味でおしまいということでもある[2]

無事にオンエアされた挑戦者たちは、いけにえたちが階段を上って去っていく中で司会者の「新しい笑いを作るのは、挑戦者の皆さんと客席の皆さん、そして、テレビの前のあなたたちです!!」の挨拶とともに勝利のポーズを決め、番組の締めとするのは一連の流れである。

なお、芸人以上のオーバーアクションで悪名が高い4代目の司会者は、一度だけ「あなたたちです!!」のポーズを勢い良くやりすぎ、後ろに立っていたダイノジの顔面にチョップを食らわせたことがある。その回におけるもっとも視聴者が爆笑した瞬間を司会者がかっさらっていった有名な場面である。この栄誉は、後に天然ボケで有名な5代目の司会者も獲得する(6代目の司会者も天然ボケだが、せいぜい同じ名字のがいる芸人との掛け合いくらいだった)。

[編集] 伝説の挑戦者たち

番組の歴史を語る上で忘れられないいけにえたちを紹介する(一部を除く)。

  • ダンディ坂野…初代オフエアの、いけにえたちの希望の星。7勝15敗というその戦績以上の存在感を示したこの番組の裏の貢献度ナンバー1。彼の存在なくしてこの番組は語れない。
  • Hi-Hi…2勝16敗。何度もコンビ名を変えながら細々と出続けた2代目オフエアの神ともいえる(なお16敗は番組最多記録)が、この番組での裏の貢献度や存在感は初代ほどではない。「オンバト+」になってからは呼ばれなくなる(1回だけ出場もオフエア)が、芸歴18年目でついにブレイクを果たす。
  • ヴェートーベン…1勝11敗。地元広島で初オンエアも、その後10連敗(Hi-Hi、きぐるみピエロと並ぶ番組最多タイ記録)してそのままフェードアウト。
  • スパローズ…2勝10敗。初年度から挑戦しているが初オンエアまで6年10ヶ月もかかり(これは初挑戦から初オンエアまでの期間における番組5位の記録でHi-Hiよりも長い)、事務所も転々としてきた苦労人。その後の「オンバト+」でも初オンエアまで5連敗と苦汁をなめ続けた。
  • トップリード…9勝10敗。8連敗からチャンピオン大会までのし上がった苦労人。そして後の「オンバト+」で初代チャンピオンとなる。おめでとう。しかし第2回チャンピオン大会で敗退後、通常回に7回出場するものの3勝4敗と負け越しており、チャンピオンらしからぬ成績を晒す羽目になる。
  • りあるキッズ…7勝4敗。オンエア第1号と同時に最年少記録を打ち立てた中学生コンビ…だったがコネでもM-1決勝以降かつての栄光はどこへやら。
  • 笑い飯…1勝3敗。M-1グランプリ決勝常連の彼らでもオンエアバトルでは惨敗が多い。また敗者コメントの撮影でふざけまくってNGを連発しディレクターにマジギレされたり、哲夫がバケツに靴を入れてkb水増しを図りスタッフに大目玉を食らうなど、陰での悪行も目立つ。平均kbは300.0kb。
  • TKO…4勝6敗。戦績としては平凡だが実はオンエア最低得点(270kb)の珍記録保持者。ネタの内容・出来栄えを考えると運がいいんだか悪いんだか。
  • 品川庄司…6勝1敗。あまり知られていないが第3回チャンピオン大会でボール2個差で準優勝となったほどの強豪だった。まさかここまで売れるとは…。
  • ロザン…3勝5敗。なぜか地方でウケても東京では落ちまくった。今はツッコミの高学歴とボケの便乗でボロ儲け。
  • ハリセンボン…0勝3敗。オンエアバトルで生き残れる女性芸人は本当にわずかしかいないため、このような戦績は別におかしくもなんともない。
  • クワバタオハラ…0勝6敗。基本的に上に同じ。なおくわばたはコンビ結成前にピンでも出場して0勝3敗に終わっており、これを合わせると未勝利芸人のオフエア回数でこんらんチョップを上回る。
  • レギュラー…0勝3敗。残念ながら、「エンタの神様」とは違いレギュラーにはなれなかった。
  • 友近…0勝4敗。同時期に出演した青木さやかだいたひかるなど同じ芸風を持つ女性芸人の中で、唯一オンエアされた事がない。
  • アンガールズ…1勝4敗。しかしその1勝のネタは異常なまでにインパクトがあった。そのせいもあってか、オンエア率が悪いにも関わらず「オンバトヒーローズ」のコーナーに出演した。
  • R(ロッコツ)マニア…0勝1敗。2002年10月にただ1回挑戦し105kbと惨敗、その後2006年に解散。今、その存在を知る者は少ない。
  • メインストリート…3勝9敗。元・サンドウィッチマンのメンバーがいるコンビ。2連勝の後8連敗の記録を残し、しかもそのうちの5連敗は女子アナが司会者の時に経験している事から、女子アナとは鬼門的な組み合わせ、つまり女子アナが司会者だと勝てないジンクスができてしまった。その後、オーバー500でリベンジを果たした。
  • ヤツる…0勝1敗。関西では人気を集めていたが2002年10月にただ1回挑戦して番組最低タイ記録の93kb(この時はバケツの重さが89kbなので入ったのはボール1個)で惨敗、その後2004年に解散。今では黒歴史
  • 兄貴会…0勝1敗。たけし軍団所属。今は解散しているが、片割れのケン鶴見は「鳩山来留夫」という芸名で活動してプチブレイクを果たしている。
  • パッション屋良…3勝2敗。だが3勝は全て450kb以上、2敗も共に高得点(うち1回はスピードワゴンと並ぶオフエアkbの番組最高タイ記録)だった。
  • グレートチキンパワーズ…0勝2敗。全出場者の中で空っぽのバケツを計る羽目になった唯一の芸人にして番組最低得点(93kb)を記録した4組の芸人の1組。2回目の出場も137kbと惨敗に終わり、その後2005年に解散。
  • こんらんチョップ…0勝8敗。戦績を見ただけで頭が混乱しそうなトリオ。最高kbは349kb。いつの間にか解散していた。…Hi-Hiトップリードだってどれだけ連敗してもしつこく出続けてオンエアを勝ち取ったというのに、未勝利のまま解散するコイツらってぶざますぎる…(なお8敗は未勝利芸人中最多記録)。そして後にメンバーのうち2人で「グーとパー」として再結成し、今までの成績を帳消しにした愚か者。これで「爆笑トライアウト」に出場するも本戦には進めず(成績の方は293tpで10組中7位、視聴者投票も173票で最下位かつ得票数番組ワースト3位という惨憺たる物だった)、結局再び解散。
  • カンニング…0勝3敗。ライブとは無縁な地方民の前でNHKのタブーに触れ追放、NHK出入り禁止となる。
  • エルシャラカーニ…1勝10敗。ただ1回のオンエアの時期が中途半端(6連敗と4連敗の間、またその後『オンバト+』でも2連敗)だったため、オンエアされた事を覚えている者はさほどいない。また9位までが200kb台後半なのに1組だけ100kb台前半でダントツ最下位だったりと、低得点に終わる回が多かった。
  • シャカ…17勝10敗。チャンピオン大会出場条件の年間4勝を3回達成しているのに、ことごとくkbが足りずに出場はならなかったイマイチ君。また2003年11月の地元香川での収録ではまさかのオフエアとなり、計量で393kbと出た瞬間「地元で滑ったー!」と叫んでひっくり返った。翌日のネタ本の出版記念サイン会でも少しテンションが低かったらしい。
  • ポコポコ5…0勝1敗。カンカラに触発された吉本新喜劇が2002年5月にオンエアバトルに送り込んだ、劇団員の精鋭5人によるスペシャルユニット。しかし結果は141kb、出場全組中最下位の惨敗だった。この結果も含めて見事なまでの様式美である。
  • マッサジル…2勝1敗。見た感じ全然若手には見えない。ちなみに、2009年に2人とも38歳になる。
  • 南の風(風力3)…2勝4敗。初オンエアが529kbだったがその後不調の末に解散…。ゆるいボケと鋭いツッコミで、ファンは多かった…。
  • ナナイロ…2勝5敗。初オンエアが501kbだったがその後不調の末に解散…。ドラマチックなネタで、ファンは多かった…。なお片割れの金子は新コンビ「うしろシティ」で「オンバト+」に強豪として君臨している。
  • サジタリ…1勝1敗。意外にも男女コンビで初のオンエア獲得者である。しかもその回は第10期(2008年度)最終回で、チョップリンぼれろ、「爆笑レッドカーペット」で贔屓されてるWエンジン、ラフ・コントロールトップリードといったその期の3~4勝芸人よりも高得点(481kbで3位)だった(もっとも、次期の大幅なルール変更を考えると受かってよかったのかは微妙)。ちなみに、メンバーはロリコン(仮)ドSな六条壬晴(小悪魔)である。
  • ブッチャーブラザーズ…0勝1敗。多くの若手芸人に慕われるオッサンコンビ。しかし慕ってくる若手の前でダダ滑りした上に、シンサインに土下座してボールを懇願する前代未聞の屈辱的行為に走る(それでも結果は130kbだった)。
  • 肉体関係…0勝1敗。こんなグループ名でもこの番組に出れるということを証明した(名前の理由は兄弟コンビだかららしい)。現在は弟は活動休止中、兄は2008年4月に別のコンビで出場したがオフエアだった。
  • NUTS…0勝1敗。名古屋吉本所属。オンエアはされなかったが、裸で面接を受けるコントをやっていた(この点はジャッジペーパーで『2人とも演技はうまかったけど裸になるのはちょっと…』とダメ出しされていた)。2002年解散。
  • ダブルコセガレ…0勝6敗。出場した全ての回が地元大阪での収録だった。だが300kbどころか250kbも超えられず、未勝利のまま2004年に解散。
  • 村田渚…この番組における真のいけにえとは彼の事だろう。人生最後のネタが401kbの高得点でオフエアという伝説は、後に長く語り継がれている。通産成績はフォークダンスDE成子坂で1勝、ピンで4勝6敗、鼻エンジンで2勝1敗。しかし、お笑いに命を賭けたその生き様は忘れることはできない。
  • …11勝6敗。芸人寄せ集め状態の所属事務所の中で唯一チャンピオン大会に進出、後に性転換手術(女装)して「爆笑レッドカーペット」に出演。そして知名度によって次のチャンピオン大会出場を賭けた視聴者投票1位バトルに参戦したが、シンサインが許すはずもなく最下位の屈辱を味わう。
  • ハライチ…2勝3敗。2009年度に行われた「爆笑トライアウト」からの参戦組で初めてオンエアを獲得。しかもその期のチャンピオン大会出場も果たした。
  • パンクブーブー…19勝2敗。ゴールドバトラーの称号を持ち、初挑戦でいきなりのオーバー500など番組最多記録となる11回ものオーバー500を達成しながら地味すぎてなかなか売れなかった、M-1と「THE MANZAI」の二冠制覇を異論なしで祝福された数少ないコンビ。通常回での強さの一方でチャンピオン大会ではイマイチな結果が多いのも特徴だった。
  • スピードワゴン…15勝5敗。ゴールドバトラーの称号を持つ強豪だが、オフエア最高得点(461kb)の珍記録を達成した「長崎の悪夢」(しかも5位とはボール1個差で明暗が分かれるという悲劇だった)はその回の自身を含め6組もゴールドバトラー認定者がいるという、番組史上最大級に豪華な顔ぶれと併せて今でも語り草。ちなみにその時のネタは後に別番組のオフエアネタをまとめて流すコーナーにおいて、「お蔵入りにするには惜しすぎる」という理由で特別にノーカットで放送されている。
  • サンドウィッチマン…不戦敗。ネタビデオをコンクリート詰めにして送りつけ、日本刀の手入れをしながら「出場させろ」と脅したかどうかは定かではないが、「見た目のガラが悪すぎる」という理由で出場拒否された(後の『笑・神・降・臨』には出ているが)。ちょっと何言ってるかわかんないです。

[編集] お笑い地獄の覇者たち

番組の歴代チャンピオン大会覇者(プラチナバトラー)を紹介する。なお覇者たちの多くがその後ろくな事になっていないのは言わない約束である。

  • DonDokoDon…初代覇者。5勝1敗。現在はぐっさんが全国区でブレイクし相方静岡でひっそりと活動中。
  • ルート33…2・3代目覇者。13勝1敗。番組史上初の連覇を達成。しかしその後のブームに乗れずイマイチ売れてない。
  • ハリガネロック…4代目覇者。14勝0敗。惜しくもM-1を獲れずお笑いブームにも乗れず、不完全燃焼のまま2014年2月に解散を発表した。
  • アンジャッシュ…5代目覇者。17勝3敗。「エンタの神様」にも出ていたが、終了後はそれぞれグルメキャラやいじられキャラで細々と活動中。
  • アンタッチャブル…6代目覇者。20勝2敗。M-1優勝も果たした。現在は大人の事情で別々に活動中。
  • タカアンドトシ…7・8代目覇者にして史上2組目の連覇。18勝0敗。「歴代覇者の中で最強」と言われ、現在は何本もメイン番組を持ち歴代覇者の中では最も売れている。
  • NON STYLE…9代目覇者。10勝0敗。トントン拍子で優勝、2008年にはアンタッチャブルに続きM-1制覇。勘違いキャラでなんとかテレビに出ている。
  • トータルテンボス…10~12代目覇者。17勝3敗。2010年3月、前人未踏の3連覇を達成。ハンパねぇ。

[編集] お笑い地獄の強豪たち

番組の強豪(ゴールドバトラー)を紹介する。最初は祝福されたが年を追うごとに該当者がやたら増えたり条件を外れるなどの予想外の事態にいつの間にかなかったことになっている。なおゴールドバトラー認定条件は「挑戦回数が15回以上で、かつオンエア率7割5分以上」「通算オンエア数20回以上」のどちらかを満たす事である。また「初挑戦から認定の時点まで同じグループで活動している事」も条件であるが、認定後に解散したり勝率が下がって条件を外れた場合でも称号の剥奪などは行われていない。

[編集] 汚点を残した不届き者

ここまでに記した実力者や伝説を持つ者たちとは裏腹に、黒歴史ともいえるとんでもない暴挙に出た者もいる。

  • ×-GUN…神聖な計量器にあろう事かふざけて醜い肥満体を乗せ破壊。以後改名→結局元通りにと未だ迷走続きなのは壊された計量器の呪いとも。
  • さくらんぼブービー…kb水増しを図り自分の頭を乗せて同じく計量器を破壊。その後裏でスタッフと揉めて「じゃあもう出ません」と吐き捨て、以後しばらく出場停止に。ネタも同様に悪ふざけが過ぎたため2009年に解散。
  • ファンキーモンキークリニック…放送時間を無視して延々とネタを続け強制終了させられる。一応計量はされたが結果は言わずもがな。2004年解散。
  • どーよ…史上初のタイムオーバールール(2005年度より導入)による失格者。事務所的に番組の老害になりつつあったためこれを機に追放される。
  • なすなかにし…2組目のタイムオーバー失格者。どーよと違い事務所の駒不足でダラダラ出続けているが鳴かず飛ばず。テトラミンジャウトでもやってろ。
  • 桃組…2006年12月に地元贔屓という禁じ手を使い445kbの高得点で4位オンエアを果たすが、結果的に全国に醜態を晒す羽目になる。またこの回が放送直前に村田渚の生涯最後の出場回、しかも401kbでオフエアとなった事で大ブーイングが起きた(もっとも順位的にコイツらが落ちてもダメだったが)。ちなみに実力の方は、この年のM-1吉本所属かつ地元福岡での予選という好条件で一回戦敗退したほどで、その後2013年4月に解散。残当(ry
  • オレンジ…同上(2005年8月の名古屋大会にて、461kbで2位)。地方吉本の芸人はこれだから…。
  • セカンドステージ…こちらも地元(仙台)贔屓を使いオンエアを果たす。過去に5回出場したが、350kbを超えたのはその時だけという惨状だった。
  • 上々軍団…満点(545kb)達成という身の程に合わぬ袈裟を持つ。その辺はスタッフも承知しているらしく、後の10周年企画総集編「ヒーローたちの伝説ネタスペシャル」でも同じ満点獲得者にしてゴールドバトラーのますだおかだや事務所の元先輩・タイムマシーン3号との扱いは雲泥の差だった。
  • 某スタッフ…ハマカーンのネタ中に誤ってネタ終了のジングルを流してしまったらしい。けれど、その時のハマカーンのネタはかなりひどかったという噂が立っていたらしい。
  • 裏で何かしている人たち…オードリー(年間kbランキング13位)とイワイガワ(同10位)の第11回チャンピオン大会出場を辞退させて、ランキング21・22位のハマカーン上々軍団を繰り上げで出場させ微妙なネタをやらせた。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 「爆笑オンエアバトル パーフェクトライブ」(BShi、2000年12月 - 2002年3月の日曜深夜)と「新・真夜中の王国」(NHK-BS2)のコーナーの1つである「爆笑?オフエアバトル」の2つが主な物である。
  2. ^ ただし、大阪収録の場合、大阪芸人がえこひいきされることが多い。裏を返せば、東京の芸人が大阪で500キロバトルを越えたら自慢できる。ちなみに、大阪で500を超えた東京の芸人はパックンマックンハライチのみである。エハラマサヒロは元大阪芸人の上京組、坂道コロンブスは出身地が大阪なので東京の芸人とは言い難いが、事務所が東京なので東京の芸人といえるのかは謎である。
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