横浜ベイスターズ
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ 横浜ベイスターズ について、佐藤藍子
横浜ベイスターズ(よこはま-)とは、日本のプロ野球チームの一つ。自チームの有望な若手を他球団に供出、使える助っ人外国人に難癖をつけて解雇する、他球団の老人を引き込むと、敗退行為を考えることに余念の無い12球団最低最悪のフロントを敵に回し戦い続けるという(メジャーリーグとかいう映画そのまんまの)水差し野郎チームである。
再び暗黒時代を迎えて以降、1980年代に横浜大洋銀行と言われた強いチームへの媚びへつらいは徹底している。2008年は巨人が阪神を13ゲーム差を逆転し逆転優勝しているが、後半戦は巨人に1勝しかできず。阪神ファンから「禁則事項ですじゃねーか!!」といった、前半阪神が横浜から1敗しかしなかったことを忘れた怒りが爆発した。
目次 |
[編集] 球団概要
1993年に横浜大洋ホエールズが突然変異して誕生、落ち目の落合博満に手を出した巨人に愛想を尽かしたとりあえずお疲れを獲得。巨人前監督藤田元司の推薦で鬼軍曹こと近藤昭仁が就任。嫌われ役を演じながら若手を鍛え上げ、硬骨漢大矢明彦が正捕手tanisigeを一人前にしチームを纏め上げると、マシンガン打線を確立。権藤監督が投手陣を整備すると97年にはペナント2位、98年には日本一達成、99年当時チーム打率日本記録を達成するなど短い間ではあるが、栄華を誇った
しかし、強すぎて80年代的お笑い要素が薄れてきたことにフロントが焦り、権藤監督、4番ローズ、5番駒田、大魔神佐々木を追放。2001年に年末年始のかくし芸など数々の伝説を打ち立てた森マチャアキが新監督に招聘され、森繁和投手コーチ・落合臨時打撃コーチとお笑いトリオを結成。タイアップ商品のコウジ黒酢を奨励されるとtanisigeがFA宣言、正捕手が逃亡。さらに98年を知る主力選手も次々と追放される。ファンにとっては暗黒時代のはじまりである
その後、03年にはかの名将山下大輔が就任。マチャアキとゴールデンコンビを結成していた井上純をロッテに追放するなど決意を新たにするも、監督自身が天才的なお笑いの才能を発揮してしまい、03年にはチーム敗戦日本記録(当時)を達成。このオフには1位の星野・2位の山田・3位の原が監督交替の憂き目にあっているにもかかわらず、フロントは大喜びで任期を全うさせ勝ち頭のドミンゴ・グスマンを中日に供出するといった敗退行為を繰り返し、狂乱の2年は続いた
2004年シーズン終了後には4番タイロン・ウッズがまたしても中日に供出され、この戦況を嫌々引き受けたインテリ893が05年の監督に就任。投手陣の再整備に成功し、落合道場の魔の手からようやく復活したスペランカーの活躍などで3位に滑り込む。しかし、翌06年は「この戦力で3位なら若手が育てば1位になれんべ?」と補強は一切なし。牛島もチームもやる気を失くし、辞表を叩き付ける
2007年再建の切り札として大矢が再任するが、そうそうに糞フロントが門倉なんかイラネ、クルーンなんぞイラネ、とイラネイラネ病を発病。それでも若手捕手を育成し、石井琢郎など球団に不満を持つベテランを必死に説得。2009年は復帰した駒田とともにクリーンナップ成績次第の効率の悪い打線をどうにかしようとする毎日だったが疲労の限界に達し、ついに休養。湘南シーレックス監督のオバQが監督代行として指揮をとることとなった。ちなみに高木のとっつぁん・シーレックス監督代行とともに数々の選手を森の魔の手から再生した育成のスペシャリストである。
しかし監督交替後1軍は13勝1敗と迷走、首位を走っていた2軍も急速に弱体化。ファンのあいだではベイスターズ崩壊を目論む「TBSの三悪人」こと佐々木・村上・山中が大矢の悲願であった若手捕手育成計画を阻止、さらに12球団有数の野手育成力で知られるシーレックスの崩壊を画策した、などとも噂されているが・・・。
なお「中日ドラゴンズ」は「竜」、「阪神タイガース」は「虎」、「東京ヤクルトスワローズ」は「燕」、「広島東洋カープ」は「鯉」と表記するように、「横浜ベイスターズ」は「星」を用いることがある。ここだけ動物でないことが、負けが多い原因ではないかとも憶測されている。
あの科学汚染物質の突然変異で生まれた「大魔人」、ササキ・カズヒロも所属していた。また、多数の花火師を雇っているのは他球団にはない大きな特徴である。
親会社はTBSであり、「我々はTokyo Bay Starsである」と親密ぶりをアピール。しかし、実際にはTBSでベイスターズ戦が中継されることはほとんどなく(テレビはもとよりラジオも)、ニュース等でも扱いが小さかったり対戦相手視点の編集になることが多いことから、税金対策ではないかとも言われている。実の父は東武東上線とも言われているが、定かではない。
2007年・2008年の投手コーチは、過去大洋ホエールズ、横浜ベイスターズでも活躍した斎藤明夫氏であった(2009年からは杉本氏が就任)。 その風貌、体格(公式発表では身長1.179hyde)、威圧感によりファンからは親しみを込めて893と呼ばれている。
マウンドでのピッチャーに檄を飛ばし("唾を飛ばす"の誤用)に行く際の威圧感は他球団のピッチングコーチの追随を許さない。 水差しやアトリ、損5億等の若手投手よりも斎藤明夫氏が投げた方が失点の可能性が低いと考えるファンは多数いる。
現役よりも現役らしいといわれる斎藤明夫氏の本職はやはり893である。
[編集] 球団データ
本拠地:横浜スタジアム
- 1978年開場。両翼94m・中堅118mは開設当初は国内でも標準的な大きさであったが、現在ではかなり狭い部類となっており、飛ぶボールが使用されていた頃はホームランが出やすい球場として(主に対戦相手のバッターから)喜ばれた。現在でも飛ぶピッチャーを各種取りそろえているために(しつこいようだが対戦相手のバッターにとって)ボーナスステージとなっている。
創立:1993年、ホッシーによって創られた。 優勝回数:1回(2008年現在)
[編集] ベイスターズファン
このような球団であっても、各界に多数のファンが内在しているとされている。(サイレントマジョリティを考慮しています)
特に著名な人物に、第二次世界大戦が始まる少し前から横浜ファンであることを初めてカミングアウトした佐藤藍子がいる。彼女の「川崎出身なので、小さい頃からホエールズファンでした」という発言は、「じゃあなんで今まで公言しなかったのか」「なんで優勝した年に限ってそういう発言をし出したのか」「川崎にはロッテがあっただろう」といった疑問を一切受けることなく、ファンの鏡として崇められている。彼女の行動に喚起されたのか、その頃から横浜ファンを明言する芸能人が多数発覚し、大きな話題を呼んだ。
ファンであるというカミングアウトは佐藤藍子が有名だが、優勝した年にはTOKIOのキーボードも昔からの横浜ファンであるとカミングアウトしたがすっかり忘れられている。ちなみに、TOKIOのキーボードは西武が優勝した年にはパリーグは西武ファンであるとカミングアウトしたが、こちらもすっかり忘れられている。
また、歌手の中島みゆきもベイスターズを讃える意味を込めて「地上の星」を歌っている。残念ながら、これが正式応援歌としてはまだ定着していない。大きな理由のひとつとして、お上のご意向がある。
なお、先発投手が打たれたり、打者がチャンスで凡退した時に怒り出したりがっかりするのは、訓練されていないベイスターズファンである。よく訓練されたベイスターズファンは、1回表裏を終わって0-10で負けている状況になると、「ああ、また『いつものやつ』ね」と恬淡として応援を続けることができる。ホントベイスターズファンは地獄だぜ!フゥハハハーハァー
[編集] 自虐横浜ファンの漫画家
一方で、横浜ベイスターズのファンだがベイスターズ自虐ネタをネタにする漫画家を多く確認されている。
その最たる例が、辛口批評家として著名なやくみつるである。彼は横浜球団の問題点を取り上げて、それを滑稽に漫画化することを得意としている。特に駒田徳広を徹頭徹尾「ウマダ」(面長である駒田の身体的特徴を揶揄したもの)と呼び続けるなどの罵倒を是としたり、球団の広報誌に原稿料と称してゆすり行為をかけるなどを行っており、横浜ファンから多大な批難を浴び続けている。佐藤女史もおかんむりである。
ほか、みずしな孝之も熱心な批難家のひとりである。特に近藤昭仁のスクイズ戦術を大いに糾弾し、自著においても哀れで愚かしい人物として語っている。佐藤女史もおかんむりである。
[編集] 不明行動
近年、フロント行動が問題視されており数々の異常行動が見られている。
例えば、珍名収集といわれる最近の意味不明な補強。ファンをもっと集めようとしていた球団のフロントが『これだ!』と思った珍しい名字や名前の選手を次々と契約していくという荒業。活躍しようがしまいが関係ない。だって誰も気にしないし。
挙句の果てに登録名でもっと目立たせようと必死になる始末(例:ジェイジェイ)。
球場にウルトラマンを招待し観戦させる。外部リンク家族でプロ野球?観戦
| この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。 あとは適当に頑張ってください。(Portal:スタブ) |
[編集] 他球団への戦力供出
- フロントの代表的な敗退行為として、他球団への戦力供出があげられる。もっとも有名なものは、2003年、最下位を爆走するチームで1年ローテーションを守りチーム最多の8勝12敗を記録したドミンゴ・グズマンを「負け越している投手だからイラネ」とバッサリ切り、翌年の中日優勝に貢献させた行為と思われる。同じく中日の4番打者として長きに渡って活躍したタイロン・ウッズ、現在の巨人の抑えであるマーク・クルーンなど、有能な助っ人を理解できない基準で切り捨てたことに関しては、枚挙に暇が無い。
- 日本人でも同じである。2006年に門倉健がFA宣言したときも「10勝10敗の投手なんかイラネ」と発言。巨人に助け舟を出されたあげくに球界の財産といえる大ベテラン投手工藤公康を人的補償で強奪。挙句の果てに「横浜のようなチームこそFA制度の見直しに真摯になるべきではないでしょうか?」などと選手会長経験者に助言される。もっとも2008年シーズン終了後にFA制度改正(補償金が激減)したのちも、横浜は正捕手相川を資金難のヤクルトに供出し、阪神のロートル捕手野口を「引き取った」のみである。
- そして2008年には投手不足から(よりによって巨人と中日に)救済トレードを泣きつき、2年連続犠打王の小池で1軍半の左投手石井、2番手捕手を勤めた鶴岡で数年低迷していた真田とのトレードが行われる。石井裕也はセットアッパーとして成長、真田はチーム最多登板と頑張っているが、さすがにファンは許せていないのが人情である。実はこの球団は多村⇔寺原など、「1年が過ぎてみると何故かこちらが得している」というトレードが多いのだが、あの3バカどもに計画性はあるのだろうか?
[編集] 得意技
- 追いつかない程度の反撃:「9回、7点ビハインドから満塁ホームラン」のように、ある程度の反撃は見せるが決して同点にはしないという奥ゆかしい技である。一部のファンからは、「早く帰宅したいのに盛り上がって帰れるに帰れない」「時間稼ぎはやめれ」とも。また一部のファンの中には「これで明日に繋がる」と評する者もいるが、実際に繋がった試しがない。
- 大量得点は次戦敗北へのプロローグ: ごくたまに打線が噛み合い、10点以上の得点をすることがある。しかし、大量得点に選手が疲弊、次戦はボロクソに負けるというのが恒例となっている。一部ファンからは「どうせ負けるんだから、次の日にとっとけ」と揶揄されている。
- ZGS:Zanrui Grand Slamの略語。ランナーが満塁になると点が入らないという、これもチーム伝統の技。
- ノーアウトかワンアウトでランナーが三塁にいるときスクイズしないと死んじゃう病:上記のみずしな孝之が批判した近藤昭仁は、この病気にかかっていたことが後に判明した。世界で最も長い病名としてギネス・ワールド・レコーズに申請中である。
- 相手チームよりヒット数は多いのに試合は負け:これもチーム伝統の技である。一時期を除いて長打力のあるバッターが少なく、どうしても残塁が多くなるため。
- ファンタジスタ:主として守備面で、常識では考えつかないプレーをする選手たちの総称。古くは田代富雄や内野を守っていた頃のポンセ、最近では鈴木尚典、古木克明といった選手たちがファンの目を楽しませている。これらの選手が守る方向に打球が飛ぶだけでファンの心拍数は2倍に跳ね上がる。その時たまたま目の前に異性がいると、「このドキドキは、もしかして恋?」と勘違いしてしまうほどである。
- 水差し野郎:2007年6月24日、横浜スタジアムでのオリックス戦で、5-0で勝っている4回表から登板した高宮和也が、フォアボール→ホームランとワンアウトも取れずに2点を献上した際にTBSアナウンサー椎野茂が発した言葉。この時の実況では、その他にも「全滅!」「場を読めよ」「あ~あ」「そのままカバンに荷物をまとめて横須賀(二軍)へでも行け」などと、公共の場でのアナウンサーの実況とは思えないような罵声が飛び交った。高宮は一躍、ごく一部で超有名選手となった。
- 椎野四段活用:同日、8回表から登板した那須野巧のリズム・テンポの悪い投球に対して、椎野茂が「何故あそこでインコースのストレートを使わない?使えないのか、使いたくないのか、使う度胸も無いのか?」と発言、後にこれが『椎野四段活用』という、動詞の新しい活用法として確立された。またこの試合で那須野も「またスライダーを投げた!何故ストレートを使わない!?何故そんなに変化球ばかりに頼るのか那須野!」「ベイスターズの一塁側・ライトスタンドのファンは怒っています!」と、高宮に負けず劣らずの罵声を浴びせられている。試合は結局、5-4で横浜が何とか勝利。
- クアトロK:2006年虎のJFKにあやかって結成するも…ま、結果は言わなくてもいいか。
- ピッチャーデニー:2003年、勝っているのに、あえてのデニー投入。そして逆転される。それ以外に何か?
- ピッチャーヒューズ:2008年、勝っているのに、あえてのヒューズ投入。そして逆転される。デジャヴ。
- マシンガン継投:2008年シーズンでしばしば見られた、勝敗・点差に関わらずリリーフ投手を多くつぎ込む起用法。言うまでも無いが「マシンガン打線」と引っ掛けて命名。同年、この采配が多くの横浜ファンを絶望の底へ突き落としたと言っても過言ではない。
- 山口シュンの憂鬱:2009年5月13日の巨人戦、横浜ベイスターズ2点リード時で登板した山口俊がリリーフとして登板する。そして登板しては、山口がライトのフライを取ろうとしたが、エラーをしてしまい2失点をしてしまい、同点にしてしまう。その裏1死一、三塁で内川が敬遠され、満塁で村田が押し出し死球で出塁。そして試合はゲームセット。結果は横浜ベイスターズのサヨナラ勝ち。そして、山口はヒーローインタビューで「すみませんでした」と発言した。この試合はまるで、ギャグ漫画を見ているかのような試合だった…。
- 月曜日
[編集] 主な選手
[編集] 投手
- 本名:カス野巧。何やらせても炎上。焼き茄子とも。
- 本名:高宮カス也。大矢にひいきされている。
- 08年秋期キャンプにて打者に転向。ピッチャー減らしてどうする
- プロ初先発初勝利
- エクスプレス男
- 小島よしお
- シュートで遊んでバチが当たった男
- 防御率が一気にガクーンと下がった男
- しょうまきゅん
- ユッキーヤ
- 別に制球力があったりしない
- 一軍で先発したいなぁ…。でも、中継ぎで大活躍するまで待つか。
- 小鳥はとってもゴーヤが好き
- 珍名収集で契約した一人。
- 日ハム時代からムエンゴ。★入団後も貫禄のムエンゴをいかんなく発揮。
- ほぼ1年間先発ローテの中に入っていたがクビに…。
[編集] 主な野手
- 今期限りで引退を表明。グッチョン。
- FA権を行使して外国へ行こうとしたが打率.255ではどこも興味が無く仕方なくヤクルトスワローズに移籍
- 若き主砲。将来的にメジャーにポスティング拉致計画も!?
- 隠し球。かつて4番だったがなんでよ?
- 戦力外にされた末広島に転がり込んだ
- 佐伯にコールドスプレーを顎にかけられ打撃開眼したとか。
- 引退…試合はまさかのオープン戦。その試合でホームランを打ってしまったという。
- 珍名収集で契約した一人。
- 珍名収集で契約した一人。
- 戦力外にされて引退
- 退団しました
[編集] 主な花火職人
太字は在籍中の職人
- 今はピッチングコーチをしている。
- 横浜だけでは飽きたらずに海外進出
- 引退
- 戦力外通告を受けた。そして地元の球団に拾われた。
[編集] 伝説のOB
- 佐々木主浩
- 誰もがご存知大魔神。とある漫画の主人公キャラクターにもなりました。
- だが、やくみつるは彼に対してアンチ意識を持っている。
- 斎藤明夫
- 右腕投手として初の100勝100セーブ。
- 893。
- 駒田徳広
- 2000本安打を達成した年に戦力外通告を受けてしまった可哀想な選手。
- 現在、横浜ベイスターズ打撃コーチ。
- 銚子利夫
- 1988年、この年定着した三塁の好守備(わずか3失策)も光ってゴールデングラブ賞受賞は間違いないと言われていた。しかし同賞のセ・リーグ三塁手部門は守備力においては銚子よりも劣ると思われた巨人、原辰徳(126試合出場、10失策。但し、打撃成績は銚子より遥かに優秀であった)に奪われてしまった可哀想な人。
- 2008年にどうしようもない選手ばかりを集めてしまったために、フロントをクビにされてしまう。
- 平松政次
- 宝刀、カミソリシュートの持ち主。
- 怪我が多かったため、ガラスのエースと呼ばれていたが、プロ通算200勝を達成したことがある。
- 種田仁
- がに股打法で有名。元々は中日だった。
- 盛田幸妃
- 彼無しにカムバック賞は語れない。
- 田代富雄
- 大洋が誇る長距離ヒッター。元田代ラーメン所属。得意技は高速湯切り。
- 現在は、父娘揃って横浜に貢献していた男に代わり、横浜大洋の指揮を執る。
- 横浜星覇会は彼を称え、当時の応援歌を随所に流すも、平成生まれの現代っ子は歌えず。そこで得意の手製の歌詞カードを掲げ、ファンの士気を高めていた。エラ。
- リリーフどころか大炎上ww シーズン途中にクビ。ヒューズなだけに飛んで行ったってやかましわwww
[編集] 関連項目
| この項目「横浜ベイスターズ」は、執筆者がクラックをキメていた可能性もありますが、今はまだクソの山です。より愉快にしてくださる協力者を求めています。さぁ、これを見ている貴方(貴女)も、恥ずかしがらずに書き込んでみよう! (Portal:スタブ) |





