エクストリーム・謝罪/最終ラウンド進出チームの一覧

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

最終ラウンド進出チームの一覧とは、エクストリーム・謝罪で決勝最終ラウンドに進出したチームの一覧である。

優勝準優勝3位
1926年鉄道省[1]
1932年李奉昌[1]
1940年鉄道省[1]
1942年朝日新聞
1944年麻生太郎
1945年昭和天皇花岡鉱山[2]
1948年帝国銀行昭和電工近畿日本鉄道
1950年朝日新聞
1951年日本国有鉄道
1952年日本航空
1953年吉田茂
1954年吉田茂日本国有鉄道〈同点優勝〉
1955年森永乳業日本国有鉄道
1957年芸備商船
1958年在日米軍南海汽船
1959年チッソ(当時:新日本窒素肥料)大日本製薬
1960年チッソ(当時:新日本窒素肥料)三井三池炭鉱
1961年チッソ(当時:新日本窒素肥料)
1962年チッソ(当時:新日本窒素肥料)日本国有鉄道
1963年石原産業&昭和シェル石油三井三池炭鉱日本国有鉄道
1964年チッソ(当時:新日本窒素肥料)&昭和電工連合
1965年チッソ&昭和電工連合三井山野炭鉱&三井三池炭鉱東京農業大学
1966年チッソ&昭和電工連合全日本空輸英国海外航空
1967年チッソ&昭和電工連合
1968年カネミ倉庫飛騨川バス転落事故連合チーム札幌医科大学
1969年チッソ&昭和電工連合磐光ホテル黒い霧連合チーム
1970年チッソ&昭和電工連合スモン連合チーム天六爆発連合チーム
1971年住友金属鉱山近畿日本鉄道富士急行
1972年チッソ&昭和電工連合日本航空千日デパート&日本ドリーム観光
1973年チッソ&昭和電工連合大洋デパート
1974年チッソ&昭和電工連合
1975年チッソ&昭和電工連合
1976年ロッキード
1977年安宅産業福田赳夫内閣(同点優勝)
1978年マクドネル・ダグラス&グラマン
1979年KDD
1980年早稲田大学川治プリンスホテル
1981年戸塚ヨットスクール北海道炭礦汽船
1982年ホテルニュージャパン日本航空大阪府警察
1983年つま恋
1985年日本航空豊田商事テレビ朝日
1986年ビートたけし日本国有鉄道ホテル大東館
1987年東芝機械統一教会
1988年リクルートサントリー海上自衛隊
1989年朝日新聞[3]
1990年イトマン長崎屋
1991年信楽高原鉄道
西日本旅客鉄道[4]
広島市&サクラダ連合チーム
1992年佐川急便経世会連合チーム
1994年中華航空
1995年住宅金融専門会社東京協和信用組合&
安全信用組合連合チーム
兵庫銀行
1996年ミドリ十字&厚生省TBS
1997年テレビ東京北海道拓殖銀行ココ山岡[5]
1998年大蔵省&日本銀行防衛省(同点優勝)
1999年JCO西日本旅客鉄道静岡第一テレビ
2000年雪印乳業新潟県警察東海旅客鉄道
2001年明石市明星56ビル連合チームKSD
2002年雪印乳業
2003年三菱自動車工業スーパーフリーアイレディース宮殿黒川温泉ホテル
2004年日本放送協会Yahoo!関西電力
2005年西日本旅客鉄道耐震偽装連合チーム石綿連合チーム[6]
2006年シンドラーエレベータ東横イン防衛施設庁
2007年安倍晋三船場吉兆TBS
2008年日中餃子連合チームリーマン・ブラザーズ事故米連合チーム
2009年麻生太郎内閣連合チーム西松建設小沢一郎民主党鳩山由紀夫連合チーム酒井法子高相祐一サンミュージック連合チーム〈同点準優勝〉

[編集] 注釈

  1. 1.0 1.1 1.2 協会では1942年を第1回と認定しているため、それ以前の結果は参考である。
  2. 戦争により紛失していた記録が後に発見されたために、1990年当時に遡って準優勝認定
  3. 内部規定違反で失格。詳しくは主なプレイヤーの一覧を参照のこと。
  4. 優勝は信楽高原鐵道であるが、JR西日本もそれを強力にバックアップしたため、特別にアシスト賞が授与された。
  5. 山一證券も最終ラウンドに進出したが、失格となったためココ山岡が繰上げ参加した。社員は悪くありませんからを参照。
  6. 2005年大会ではナショナルも最終ラウンドに進出したが、失格となったため石綿連合チームが繰上げ参加した。エクストリーム・謝罪/主なプレイヤー#パナソニックを参照。

[編集] 各年の詳細


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